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景完教寺の梵鐘 2013.3.11
名工・宮崎寒雉の鋳造

景完教寺の梵鐘

宝永5年(1708)、加賀の名工、宮崎寒雉(かんち)藤原義一の銘がある梵鐘です。
 寒雉の没年は正徳2年(1712)で、この梵鐘は生前最後の作です。県内における寒雉の梵鐘は4口確認されていますが、そのひとつです。市内では寛永15年(1638)銘の厳照寺の梵鐘に次いで2番目に古いものです。

戦後になって返還された

梵鐘の総丈126p、鐘身高95p、口径72p。双頭割型の竜頭(りゅうず)は、24・2p。乳(にゅう)には菊座が施され、配列は4段4列、その数は64個です。
 昭和16年(1941)の金属類回収令の際に回収されましたが、戦後になって返還されました。現在は本堂の屋内に安置されています。
 梵鐘全体が堂々としており、晩年に名工寒雉が精魂を込めて鋳出した姿が目に浮かぶようです。

梵鐘の銘文

[梵鐘の銘]
越中砺波郡雄神庄油田郷宮村景完教寺
鐘銘并序
当 寺創建以降相伝而崇敬之有聖徳太子之尊像、則皇太子自刻彫之霊像而、竒特瑞相世人 粗所知也、開基自明法至于今九世、専仰真宗之法脈、偏帰他力専修之門 矣、然無銅鐘而法器慨全不備而、現住明空、因諸方之檀信而新鋳冶九乳而、全基闕之而志願定乎、故作鄙俚之銘日 梵鐘新掛 斯丕勝縁 娑婆教体 音声最先  報暁勤夕 施益八挺 摧邪抜毒 徳達九天 ★槌一下 普会聖賢 華鯨数振 頓驚長眠 四魔瓦解 三点玉円 功満沙界 饗徹大千 唯所冀者 国家安全 仏日 増輝 法輪永伝矣
 寺宝永第五戊子年林鐘上浣
  願主 瀬尾景完寺第九世釈明空
  冶工 宮崎寒雉藤原義一

★は木偏に「建」をあて楗

[読み下し文]
越中利波郡雄神庄油田郷宮村景完教寺鐘銘并に序
 当寺創建以降相伝して之れを崇敬する聖徳太子の尊像有り。則ち皇太子彫刻の霊像にして奇特瑞相は 世人の粗知る所なり。開基明法自り今に至ること九世、専ら真宗の法脈を仰ぎ、偏に他力専修の門に帰せり。然れども銅鐘無くして法器の全く備はらざるを慨き て、現住明空、諸方の壇信に因りて新たに九乳(梵鐘)を鋳冶し、其の闕乏を全うして志願定まれり。故に鄙俚(田舎っぽい)の銘を作して曰く。
 梵 鐘新たに掛く。斬れ丕いなる勝縁(すぐれたえにし)なり。娑婆教体は音声を最も先とす。暁を報じ、夕べに勤め、施しは八延(八方の隅々)に益し、邪を摧 き、毒を抜き、徳は九天に達す。★槌一下すれば普く聖賢に会ひ、華鯨(梵鐘のたとえ)数振すれば頓に長眠を驚かす。四魔(五蘊魔と煩悩魔・死魔・天魔)瓦 解し、三点玉円なり。功は沙界に満ち、響きは大千に徹る。唯冀う所のものは国家安全なり。仏曰増す輝かし、法輪永く伝へんかな。(金子容士解読)

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