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入道家住宅

2016.12.2

家を守るのは住む人のこころ

デザインが素晴らしい

デザインが素晴らしい

入道家住宅(にゅうどうけじゅうたく)

平成10年2月25日・県指定
砺波市太田

※ 個人所有の住宅であるため、見学を希望の方は砺波市教育委員会(0763-82-1904)までご連絡ください。

 入道家住宅は、散村景観が広がる太田地区の南部に位置する屋敷林をそなえた大規模民家です。
  現在の建物は、嘉永6年(1853)に八代当主が村大工を棟梁に建築し、当初は茅葺きで主屋の背面に両ツノを突き出した型式でしたが、明治27年に背面側 が土居葺きの切妻屋根に、同35年に桟瓦葺きにあらためられ、大正11年に表側の屋根が切妻屋根となるアズマダチに改造されました。
 外観は、切妻の妻面を正面にみせたアズマダチに特徴があり、半間ごとに立てられた束に梁を三重に掛け、束には貫を密に通した枡目状に意匠され、部材と白壁のコントラストが見事です。

アズマダチ家屋の代表選手
金屏風

金屏風

入道家住宅は大規模ヒロマ型農家の代表例で、保存状態が良好であり、砺波平野の散村に多くみられるアズマダチ建築の典型例として貴重です。
屋敷林を含めた建物一体が周辺景観に調和しており、建築に対する先人の強い美意識をうかがうことができます。

金沢武家住宅へのあこがれ
家がカイニョに調和している

家がカイニョに調和している

富山県教育委員会が発行した『富山県の近代和風建築』(1994年)には下記のように記載されています。

 この建物は梁間の大きな切妻造り妻入りで、正面の妻側は天梁や束や貫を組んで、その間を白壁で塗り、その縦横の線を屋根の破風がななめにすっぱりと切って、安定した美しさをみせている。このような屋根をアズマダチとよんでいる。以前は前側が茅葺で後ろおろし屋根をつけていたが、後の拡張にともなっておろし屋根がだんだんせりあがり、外見も雨仕舞いの面からも不自然になってきた。いっそそれを取り払ってひとつの屋根にしようとした結果が、このアズマダチである。そのヒントとなったのは金沢武家住宅の切妻妻入屋根で、江戸時代末期に越中の戸村役宅や寺の庫裏にとりいれられ、明治以降、身分による住宅の社会的制約がなくなると、一般、民家にもそれを志向するようになってきたようである。はじめは割板葺であったが瓦の普及とともに瓦葺となっていった。そして「屋根おろす」といって、茅葺屋根を取り払って、この形にすることが明治中期以降に流行したようである。

 入道家は嘉永6年(1853)の建設で当初は茅葺の家であったが、明治27年に奥を改造する折にその箇所だけをアズマダチとし、同35年に瓦葦にしている。さらに大正11年に前側のクズヤを取り払い、奥にならってアズマダチの一枚屋根にした。その後昭和3年に前の玄関と南側の縁を建て替えるとともに座敷の改造を行った。このように屋根の構造は変化したが、下の間取りはほとんど変化しておらず、また、建坪が100坪を越える平面の間取りは複雑であるが基調なのは広間を中心に南側に座敷、北側に土間、奥にヘヤ(寝室)、茶の間、台所と続く砺波地方の広間型パターンそのものである。

 広間と茶の間はわくのうち造りで、部材は大きく、外見の見事さとともに広間は三間またがり、天井は大きな松の巨木を使ってある。上下ダイコク柱、ヒラモン、ハリマモンそして天井のスノコこれらは堅固さと美しさをかね備えている。また、材質仕上げがきれいに仕上げられている。広間のかもいから上の壁が落とし板になっているのはこの砺波地方では珍しい。屋敷は2,500uあり、東向きの主屋を中心に、南東側と北西側の角にそれぞれ土蔵がある。屋敷林は昭和10年頃に切られて、その後植えられた杉が整えられている。

アクセス
砺波ICから車で10分