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二万七千石用水取入口跡

2013.3.16

砺波平野を潤した農業用水の取り入れ口

二万七千石用水取入口跡(にまんしちせんごくようすいとりいれくちあと)

昭和62年3月30日・市指定
砺波市庄川町金屋

 この用水取入口は、庄川の流れが赤岩地点で直角に変わる自然立地を巧みに利用し、川倉(かわぐら)を組み導水堰を設けたもので、赤岩対岸下流約50mの所にあり、通称「大水門(おおずいもん)」。

 大水門は全七門、全幅員は12.7mで、明治31年(1898)に大改修が行われ、その後も幾度か補修されてきました。
 この左岸最上流の二万七千石用水は、主流の二万石用水に山見八ヶ用水・新用水(あわせて七千石)の上流三用水の合同用水路として大きな働きをしていましたが、初めはそれぞれ単独で取入口を持つ用水でした。

 これらの用水の中で、取水箇所が最も古いとされる新用水は、鎌倉中期頃に開設されたと伝えられています。
 県は明治になり、この用水取入口に、左岸流域全用水を合口するダム計画を進めていましたが、昭和5年(1930)の小牧ダム完成により、ようやく実現の見通しとなり、昭和14年(1939)に庄川連合用水合口ダムが完成し、従来の取入口は廃止されることとなりました。

アクセス
砺波ICから車で20分