江戸時代

  • 金屋石石管(ふれあいプラザ)
    2018.11.29
    金屋石石管 附.石工道具
    金屋石石管 附.石工道具(かないしせっかん つけたり いしくどうぐ)平成29年7月31日 ふるさと文化財登録砺波市栄町砺波市庄川町金屋石管5本、石工道具50点 砺波市石管3本 個人蔵 庄川が平野に流れ込む扇頂部の庄川町金屋には、多くの石工が居住していました。彼らは庄川の対岸、庄金…
  • 宗半塚
    2017.1.6
    宗半塚
    金剛山恩光寺(現 南砺市福野)はもと、庄金剛寺村にありました。その寺跡近くに、土地の人が「宗半塚」と伝えているところがあります。大きな杉の株があり、土盛りしたようにも見え、幾つかの石造物とその破片が残っています。 塚石とされているものは高さ75cm、幅36〜40cm、底部の厚さ1…
  • デザインが素晴らしい
    2016.12.2
    入道家住宅
    入道家住宅(にゅうどうけじゅうたく)平成10年2月25日・県指定砺波市太田※ 個人所有の住宅であるため、見学を希望の方は砺波市教育委員会(0763-82-1904)までご連絡ください。 入道家住宅は、散村景観が広がる太田地区の南部に位置する屋敷林をそなえた大規模民家です…
  • 中筋往来の石仏群
    2016.9.10
    中筋往来の石仏群
    平成23・1・26登録青島・中野・太田公民館長(庄川町青島・中野・太田) 庄川町青島の松川除地内から中野を経て太田に至る約6kmにわたり、西国三十三ヶ所観音霊場にちなんだ石仏が建てられています。 33体中、青島に7体、庄に2体、中野に19体、太…
  • 浅草寺の観音発祥の伝承地
    2015.8.12
    浅草観音発祥伝承地
    平成23・1・26登録東般若田中自治会会長(砺波市東保) 東保にある観音堂は、東京浅草寺の本尊ゆかりの地という伝承があります。 昔、東保周辺の開墾が進みつつある頃、東保田中の観音堂には霊験あらたかな観音様がまつられていました。ある夜、魚商人が博打に勝つ御守りとするためにこの観音様…
  • 東中の六地蔵
    2014.11.27
    東中の六地蔵
     室町時代ごろまでは、このあたりを大きな庄川が流れていたのです。当時は「中村川」といいましたが、ここはその川の東の岸でした。そこに地蔵堂が建てられたので、こう呼ばれるようになったのです。 この地蔵堂が建てられたのは江戸時代の終わりごろで、文化元年(1804)のことです。この近くに…
  • 写真は三合(左:巡見使道 右:国道359号線)
    2014.11.26
    巡検使道
    ■巡見使道・砺波市内 江戸幕府は各藩の政情および民情視察のため、ときどき特使を地方に巡見させたが、特に将軍の代替わりごとに目付役を出して監察させた。これを巡見上使、または廻国上使といった。 巡見上使は、使番(つかいばん)一人、小姓組番・書院番のもの二人、そのほ…
  • 地蔵開和
    2014.8.18
    地蔵開和
    平成23・1・26登録個人(砺波市高波)  素朴なお姿の地蔵様で、地元では「なかよし地蔵」と親しまれています。昔、この地域(坪北新村、高儀出村、北高木村、放寺新村)は開拓地だったので集落が入り組み、飛び地が多いことが原因で、子ども同士のケンカが…
  • 準のなわ塚碑
    2014.8.18
    準のなわ塚碑
    平成23・1・26登録比賣神社総代会長(砺波市柳瀬比賣神社) この石碑は、江戸時代の文化11年(1814)に建てられた石碑です。柳瀬村では庄川の洪水などの災害もあり、村高のわりに納付の負担が大きく困っていました。そこで村は加賀藩に検地を願い出て、文化11年10月…
  • 水底庵龍石奉納額
    2014.8.18
    舞句資料
    平成23・1・26登録句碑(地蔵堂)・・・東石丸区長奉納額(東石丸神社)東石丸神社氏子総代句集・版木 個人(東石丸)舞句は俳諧前句付の一種である。 前句の付け方が多様になり、また、季語や約束ごとから開放されてことばの機知を楽しむようになったので「舞句」と称して一文芸のジャンルとな…