江戸時代

  • 増山城と城下町
    2019.4.18
    増山城跡
    平成21年7月23日・国指定砺波市増山【全国山城サミット加盟城郭】 増山城跡は、富山県西部に展開する砺波平野東縁、標高約120mの丘陵上に立地し、平野全域をほぼ眼下におさめる大規模な中世山城である。城の西側を南北に蛇行して流れ、深い谷を形成する和田川の対岸には城下町遺跡がある。 …
  • デザインが素晴らしい
    2019.3.7
    入道家住宅
    入道家住宅(にゅうどうけじゅうたく)平成10年2月25日・県指定砺波市太田※ 個人所有の住宅であるため、見学を希望の方は砺波市教育委員会(0763-82-1904)までご連絡ください。 入道家住宅は、散村景観が広がる太田地区の南部に位置する屋敷林をそなえた大規模民家です…
  • 御旅屋の井戸
    2019.2.18
    御旅屋の井戸
    御旅屋の井戸(おたやのいど)  昭和50年2月17日・市指定 砺波市本町   この井戸は、寛文4年(1664)5月、加賀藩主前田綱紀(まえだつなのり)が当地へ鷹狩りした際に、中神村肝煎義右衛門が御休息のための御旅屋(おたや)建設と…
  • 金屋石石管(ふれあいプラザ)
    2018.11.29
    金屋石石管 附.石工道具
    金屋石石管 附.石工道具(かないしせっかん つけたり いしくどうぐ)平成29年7月31日 ふるさと文化財登録砺波市栄町砺波市庄川町金屋石管5本、石工道具50点 砺波市石管3本 個人蔵 庄川が平野に流れ込む扇頂部の庄川町金屋には、多くの石工が居住していました。彼らは庄川の対岸、庄金…
  • 宗半塚
    2017.1.6
    宗半塚
    金剛山恩光寺(現 南砺市福野)はもと、庄金剛寺村にありました。その寺跡近くに、土地の人が「宗半塚」と伝えているところがあります。大きな杉の株があり、土盛りしたようにも見え、幾つかの石造物とその破片が残っています。 塚石とされているものは高さ75cm、幅36〜40cm、底部の厚さ1…
  • 中筋往来の石仏群
    2016.9.10
    中筋往来の石仏群
    平成23・1・26登録青島・中野・太田公民館長(庄川町青島・中野・太田) 庄川町青島の松川除地内から中野を経て太田に至る約6kmにわたり、西国三十三ヶ所観音霊場にちなんだ石仏が建てられています。 33体中、青島に7体、庄に2体、中野に19体、太…
  • 浅草寺の観音発祥の伝承地
    2015.8.12
    浅草観音発祥伝承地
    平成23・1・26登録東般若田中自治会会長(砺波市東保) 東保にある観音堂は、東京浅草寺の本尊ゆかりの地という伝承があります。 昔、東保周辺の開墾が進みつつある頃、東保田中の観音堂には霊験あらたかな観音様がまつられていました。ある夜、魚商人が博打に勝つ御守りとするためにこの観音様…
  • 東中の六地蔵
    2014.11.27
    東中の六地蔵
     室町時代ごろまでは、このあたりを大きな庄川が流れていたのです。当時は「中村川」といいましたが、ここはその川の東の岸でした。そこに地蔵堂が建てられたので、こう呼ばれるようになったのです。 この地蔵堂が建てられたのは江戸時代の終わりごろで、文化元年(1804)のことです。この近くに…
  • 写真は三合(左:巡見使道 右:国道359号線)
    2014.11.26
    巡検使道
    ■巡見使道・砺波市内 江戸幕府は各藩の政情および民情視察のため、ときどき特使を地方に巡見させたが、特に将軍の代替わりごとに目付役を出して監察させた。これを巡見上使、または廻国上使といった。 巡見上使は、使番(つかいばん)一人、小姓組番・書院番のもの二人、そのほ…
  • 地蔵開和
    2014.8.18
    地蔵開和
    平成23・1・26登録個人(砺波市高波)  素朴なお姿の地蔵様で、地元では「なかよし地蔵」と親しまれています。昔、この地域(坪北新村、高儀出村、北高木村、放寺新村)は開拓地だったので集落が入り組み、飛び地が多いことが原因で、子ども同士のケンカが…