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X−C現代の砺波『のびゆく砺波』4・5

2014.9.4

4住みよいまちづくり

スポーツ行事

スポーツ行事

住みよいまちづくりをめざして、産業の育成のみならず、心豊かな人づくりにも力を入れている。まず、市民の健康を守るために医療機関の充実が図られている。1981年(昭和56)に砺波厚生病院が市立砺波総合病院と改称し、2年後に増改築を終えて近代的な医療施設が完備された。

 また、日常のくらしの中での福祉の問題にも目を向けている。やがて市の人口の20%にもなろうという老人の福祉に細やかな心が配られ、寝たきりや一人ぐらしの老人にやさしく手がさしのべられている。障害者の方のための点字や手話のボランティア活動も見られるようになった。今、問題化している青少年の健全育成については、地域ぐるみでその解決にあたっている。

 市民の憩いの場として、1975年(昭和50)に県民公園「頼成の森」がオープンし、さらに、市の総合運動場や体育館、向山健民公園、海洋センター、各地区の農村公園などの施設があいついでできた。そこでは、市民体育大会や各種スポーツ教室、ファミリーマラソン大会など市民の健康を図るいろいろな行事が行なわれている。

 市の花「チューリップ」の祭典として毎春チューリップフェアが盛大に行なわれて、内外の観光客40万人をあつめている。この中心会場であるチューリップ公園には池やタワーがつくられ、散策路も整備されていて、夏には一面にカンナの花が咲く。近くには1987年(昭和62)に花総合センター「エレガゲーデン」も完成し、フラワー道路で講演と結ばれている。また、1983年(昭和58)からはフラワー都市交流が始まり、全国の花の都市との交歓を行なうようになった。「花と緑の係」も市役所に新設され、散居村の緑豊かな自然を生かした住みよいまちづくりは着実に進んでいる。

 一方、市民一人一文化のスローガンのもとに文化のまちづくりも進められている。その中心となる砺波市文化会館が1982年(昭和57)に完成した。この会館や地区の公民館などを拠点に、市内の各所で文化活動がさかんに行なわれている。

 古きを知る歴史文化の活動もさかんで、高波地区にあった中嶋家をチューリップ公園内に移し、砺波地方の典型的な農家の姿を大切に保存している。また、市街地中心部にあった北陸銀行砺波支店(旧中越銀行本店)もこの公園内に移築し、1983年(昭和58)から「砺波郷土資料館」として利用されており、さらにあ隣接して収蔵庫が建てられた。明治の洋館を思わせるこの資料館には、砺波の重要な地理・歴史・民族の資料が数多く保管されている。広く市民に親しんでもらおうと、先人の足跡をしのぶ展示会など多彩な催し物も行なっている。また、1983年(昭和58)には「砺波散村地域研究所」も開設され、砺波地方の地域研究が進められている。

5散村のくらし
砺波郷土資料館

砺波郷土資料館

今の砺波の農家のくらしをのぞいてみると、どの家も手入れされた庭木のあい間からかわら屋根とアルミサッシの戸が見える。昼間はおじいさんとおばあさんが家にいて、草を刈ったり水まわりをみたりして田んぼの世話をしている。小さな孫の子守りも大切な役目である。時には、ゲートボールの練習にも出かける。お父さんとお母さんは朝それぞれの自家用車で出勤する。農作業用のトラックを入れると自家用車は各家に2,3台はある。お父さんの勤めは富山市、高岡市など遠い人も多い。お母さんは勤めの帰りに町で買い物をして帰宅し、忙しく食事のしたくや洗濯や子供の世話などに追われる。夕食のときは家族みんなで一日のできごとを話しあうがテレビもかかせない。最近ではステレオやビデオのある家も多い。子供は統合小学校に集団登校するが、遠いので雨や雪の日はバス通学となる。学校から帰ると、どこも舗装された農道や宅道で自転車にのったり、コンピューターゲームで遊ぶことが多い。野球、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどのスポーツ少年団活動もさかんだ。
 農村の景色をながめてみると、春はトラクターや田植え機が忙しそうに動きまわっているが、それもわずか2週間ぐらいで、ひと昔前のような村共同での手植え姿はもう見られない。秋には田のあちこちでコンバインが音を立てるが、それも勤めのあい間をぬって、土曜、日曜日が多い。とり入れ後は、どの地区でも運動会や文化祭が催され、地域のつながりを深めている。秋祭りでは昔ながらの獅子舞が受け継がれ、伝統的な文化を守ろうと村おこし活動がさかんである。わら屋根が見られなくなってカイニョの姿も少なくなっている散居村のように、人々のくらしも時代とともに少しずつ移り変わってきている。


【砺波市史編簒委員会 『砺波の歴史』1988年より抜粋】