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頼成(下村)の獅子舞 2017.1.26
頼成(下村)

獅子頭

祭日:11月3日
場所:林神社・常称寺・西慶寺
団体名:頼成下村獅子方若連中

砺波獅子。
獅子頭は上と下に一頭ずつある。上が男獅子で角があり、下は女獅子で角がない。二頭とも熊の皮をはった熊獅子である。
獅子頭(約4.1kg)をはじめ道具一式の所有は獅子方ではなく頼成下村3常会のものであるため、3年に一度宿替えの伝統の儀式が行われる。宿替えは祭りの翌日の晩に行われ、獅子頭と獅子舞道具一式を一つの家で3年保存管理される。また、その宿の当番になった家では当日の獅子舞支度や食事休憩する獅子宿として使われる。
獅子舞の練習は約3週間前から始め、19:30〜22:00(シシウチ・高校生は21:00まで)で練習が行われる。祭りの翌日の晩には花開きをする。

順路:6:00お宿集合・準備→6:40獅子舞開始→7:00林神社にて獅子舞奉納→7:30各家をまわる→15:00林神社→23:45終了→1:00片付け(2012年)
宮に見に行く最適な時間帯・・・15時頃

祭りの当日は午前中に上村下村一緒に宮へ参って神主のお祓いを受け、獅子頭にご弊をつけてもらい、一通り舞ったあと各戸を回る。各戸ではハナ(祝儀)がウタれ、これが獅子舞を運営する経費となる。
下村の獅子はこの地方では古い獅子であるが、起源は明らかではない。昭和6年に獅子頭を新調した際の記録に「江戸時代中期」とあり、少なくとも明治以前であることは確かである。この村から教えたのは砺波市芹谷・婦中町長沢・八尾辺の某村といい、砺波市東別所ではこの村から習ったと伝えている。

獅子頭は桐製で、表は一面に熊の毛皮を張ってある。カヤ(胴幕)は麻布で、牡丹を大きくあしらい、巻毛の模様を描いてある。頭持ち1人、カヤの中へ4人、尾1人の6人構成である。
獅子方は野袴状のタツケをはき、赤い柄のハンテンを着てケンタイとよぶラシャ地で裾に房の下がった前掛けをし、鉢巻、コテをつけ、白足袋に赤い紐のわらじをはく。シシウチ(シシトリ)は膝までのジバンを着てその上からタツケをはき、ハラカケを当て、長い白布でたすきをして後ろで蝶結びに大きく結ぶ。顔に白粉を塗って頬紅をつけ、白布の鉢巻をして後ろへ長く垂らし、手にコテをし白足袋に赤い紐のわらじをはく。
笛吹きは長着物の着流しまたは洋服で、黒塗りの横笛を吹く。太鼓は竹の太い棒をさして2人で担ぎ、太鼓打ちがたたく。おどけ役はいない。

「とやま文化財百選」に選ばれている。

舞の種類
サンパサ・ミヤマイリ・ボウ(中段・下段)・ナギナタ(中段・下段)・カマ(中段・下段)・タマヒライ・タチ・キリコ・ナカドシ
(『砺波市史』民俗社寺編より)

舞の所作
●サンバサ:シシトリは2人。採り物はボウ・カマ(長刀)。鳥居の前から参道中ほどまで、特殊な足踏をして進む。
●ミヤマイリ:サンバサのあと、シシトリをはずして獅子だけが向拝へ進み、宮へ参る。
●ボウ(中段・下段):シシトリは1人。採り物はボウ。右左右前、後を向いて右左右前、前を向いて右左右で終わる。下段の方が頭の位置が低い。
●カマ(中段・下段)、タマヒライはボウに同じ。
●タチ(ナカシキリともいう):シシトリは1人。採り物は太刀・扇子。はじめニラミの間、日の丸の扇子を広げて持っているが動きに移る時にこれを投げ捨て、太刀を抜いて獅子に向かう。動きはボウに同じ。
●キリコ:シシトリは1人。採り物はキリコ。両手にキリコを持ったシシトリが獅子に向かって進んだり退いたりする。獅子と遊ぶような形。
●ナカドシ:シシトリは2人。採り物はボウ・カマ(長刀)。宮や寺で舞った場合、最後にこれを舞って退場する。
●(昔はこの他にミミカキというのがあった。ムシロを敷いて獅子が寝そべり、足で耳をかいたり、寝ている獅子をシシトリが起こしたりした。金蔵獅子の影響であろう。)

サンパサ・ミヤマイリは宮へ参ったときだけ、一般の家ではボウ・カマ・タマヒライがよく行われ、大きなハナが出ると、タチ・キリコが舞われる。舞は一般にシシウチが獅子をやっつける形を形式化したもので、右・左と全員足を揃えてリズムにあわせて舞う。歌や唱えごとはない。

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