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4屋敷林のある暮らし

2014.10.10

(1)昔の屋敷と屋敷林

農家の家屋配置と屋敷林

農家の家屋配置と屋敷林

図は昔のカイニョの様子を一般的なモデルとして図示したものである。

 家は冬の強い南西の季節風を避けて東向きとなっている。中心に母屋があり、前に納屋、北側に味噌部屋や風呂場、馬屋、にわとり小屋などの建物がある。前庭には池があり野菜を洗ったり、足を洗ったりする。その前には灰小屋があり、いろりで焚いたわらの灰を保存しておく。このような屋敷構えの廻りをカイニョが取り囲んでいる。

 前庭は農作業に使うため、屋敷の東側は密植を避け、適当な空間を確保しながら庭木や果樹、花木を植えている。正面には必ずカキがあった。馬耕の時期には馬をつなぎ、秋に実がなると子供のおやつとなった。

 南と西側には、春先の南西風に備えて厚く2〜3列に杉を植えている。その間にケヤキ、アテ、ヒバ、カシ、ハンノキ、シロダモなども見られる。

 北と西側には、スギ、アテなどに混ざってモウソウ、ヤダケ、マダケ、ハチクなどのタケ藪がある。夏には適当な風通しがあり、農具や日用品などを作るための重要な材料となる。また水分をたくさん吸ってくれるので台所の流し尻から出る水による過湿を防ぐ役割もある。林床にはヒサカキ、アオキなどが自然に侵入して成育している。またドクダミ、ゲンノショウコ、オウレンなどの薬草も自然に生えている。

(2)屋敷林の利用
井波風の吹くところの屋敷林

井波風の吹くところの屋敷林

 昔の家は茅葺(かやぶき)であったから、台風がくると茅がまくられ、ひどいときには屋根が吹き飛ばされてしまった。毎年晩秋には屋根の棟を噴き直し、また風の強い時は大縄をかけたりしたが、まず屋敷林を立てて風を防ぐことが必要だったのである。

 昔の家は隙間が多く、冬には冷たい風や粉雪が吹き込んだ。冬の季節風は南ないし西、あるいは南西風なので、屋敷林の南と西側には、冬も落葉しないスギが厚く植えてある。

 スギは冬のきびしい風雪から家を守り、暖かい。夏は強い日差しを遮り、涼しい。空気を浄化し、その殺菌作用により家の腐敗を防いでくれる。また建材としても優れており家を改築するときの用材となる。ケヤキやハンノキも植えられているが、これは建材としての他、ハンノキは不幸があったときの火葬の薪にするためであった。ホオノキはその葉でにぎりめしを包んだり、味噌を包んだりする。

 これらの木の落葉や枝打ちした枝は囲炉裏の燃料となり、毎日の煮炊きや暖房に使った。ケヤキやカエデなどの落葉樹の落葉をコッサ、スギの落葉をスンバと呼ぶ。台風など大風の吹いたあとに落ちた大量のスンバは、掃き集めて乾燥させ、家のアマへ保存しておき、冬の大切なタクモン(焚物)とした。水田地帯では山が遠いので山から薪を作ったり、芝を刈ってくることはできない。平常の燃料はわらだけであったから、スンバやコッサは貴重であった。

 北と西側にはスギ、アテなどに混ってモウソウ、ヤダケ、ハチクなどのタケ藪がある。ここは日陰で台所尻でもあるのでいつもじめじめしているが、竹は湿気を吸ってくれる。それだけでなくスギやケヤキなどの樹木は用材になるまでに何十年もかかるが、タケは1年で伸びきり、伐っても毎年生えてくる。中は空洞で、適当な間隔で節があり、軽くて弾力性があり強い。このような性質を利用して農具やあらゆる日用品などを作る材料とした。たとえばタケの生け垣、雪つり、雪囲いのおさえ、畑の作物の手、物干し竿、旗竿、囲炉裏の上のス、壁の下地、竹はしご、竹ぼうき、コマザライ、桶のたが、ザル、籠、ソウケ、ショイコ、しゃくし、しゃもじなどの日常道具をつくる材料になり、またスキーそり、竹馬、凧、水鉄砲、竹とんぼなど子供の遊び道具も作る。春にはタケノコを食べ、その皮はおにぎりを包み、草履などもつくる。

 ツバキやツツジなどの花木は仏壇に、ヒサカキは神棚に供える。

 カキは散村のほとんどの屋敷林の中に植えられていた。子供たちの間食になくてはならないものであった。品種はエンザ・コウレン・ミズシマ・シブガキなど、早いものから遅いものまで何本もあった。屋敷内の庭の中央のものは大木が多い。これは農耕のために使用していた馬をつなぎ、馬具をつけたりはずしたり、飼馬(エサ)をやったり、体を洗ってやったりするのに使われた。シブガキは秋に採り皮をむいて軒先につるして乾燥させて干柿を作り、単調になりがちな冬の食生活の足しにした。正月のお鏡にのせるのにも必要であった。そのほかクリ、イチジク、ナシ、モモなどもあった。果樹だけでなくクワ、サクラ、キャラボク、ヤマボウシ、ナツメなどの実も食べることができた。ウメは花を楽しみ、果実を梅干しにする。農作業のお弁当や夏場のご飯の腐敗防止に利用する。焼酎につけて梅酒を作る。

 林床には自然に侵入した、あるいは意図的に植えた薬草や山菜が育つ。ツワブキやユキノシタはできものを吸い出し、ドクダミ、ゲンノショウコ、オウレン、オオバコなどは薬草として利用される。ウド、フキ、セリ、タラノメ、ミョウガ、ヨモギ、ヨナメなどは季節の食膳をにぎわした。

 屋敷林のある家は子供たちの絶好の遊び場であった。木登り、木に縄をかけただけのブランコ、かくれんぼ、かんけり、スギ鉄砲。木や花に集まってくるトンボ、チョウ、セミ、カブトムシなどの昆虫採集、男の子は枝切れでチャンバラゴッコ、女の子は花や葉っぱでオママゴト。庭掃きや草むしり、落葉の始末なども子供たちの重要な仕事であった。父母や祖父母との共同作業を通して家族としての絆が一層強められもした。

 屋敷から一歩外へ出ると、周りは見渡す限りの水田で、そこには網の目のように用水網が巡らされていた。ドジョウ、フナ、コイ、カワニナ、アメンボウ、ミズスマシ、ヤゴなど、多くの淡水魚や小動物が自由に泳ぎ回り、子供たちはどろんこになってブッタイやタモでつかまえた。用水の畔にはクワガタムシ、カブトムシが多く集まっていた。

 子供たちはこのような中で育ってきたのである。

 このように屋敷林をふくむ平野全体が人々の暮らしと結びつき、それは散村の農家にとって欠くことのできないものであった。そのため屋敷林は大切に守られ、よほどのことがない限り伐られることはなかった。屋敷林はその家の富と家格の象徴でもあったのである。


【砺波散村地域研究所 『砺波平野の屋敷林』平成8年より抜粋】