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「『五箇山から砺波へ』」の記事

12−2明治以降の散村集落の変化−砺波市小島集落の事例−

2014.12.4

W昭和47年(1972)圃場整備後の小島集落

圃場整備後(昭和47年)の小島集落

圃場整備後(昭和47年)の小島集落

 小島集落の圃場整備は県営圃場整備事業として1968年から1970年かけて工事が行なわれ、1972年換地を終えて事業は完了している。縦100m、横40mの面積40アール(a)大型水田が造成されて幹線道路は幅員6m、農道4m、宅道は3mに拡幅されて直線状となり、水路は用排水が分離され、集落の様相は一変した。但し、圃場整備は耕地の区画整理と道路、水路の改修のみで、不規則に分布していた宅地はそのまま残り、宅地の周囲では小さな不整形田が多く作られた圃場整備後は農家の兼業化はさらに進み、自家用車が普及し、田植機・トラクター・自脱型コン・乾燥機などの導入が急速に進んだ。

X平成25年(2013)の小島集落

 2013年(平成13)の小島集落の戸数は94戸で、うち団地が40戸、往来の家が54戸である。農地を所有している家が51戸、このうち自ら家の廻りの水田を耕作している家は6戸のみで、残りの45戸は利用権を設定して小島営農組合に経営を委託している所謂不耕作農家である。3箇所に団地があり、建物が無い宅地(空屋敷)が3箇所みられる。空き家が2軒ある。集落の水田の大半は営農組合の大型機械耕作される。水田の34%には大豆、大麦、玉葱などの転作作物が作られるようになり、水稲との輪作体系で栽培されている。

           
散村の旧い農家

散村の旧い農家