生没年不明
聖武天皇は743年(天平15年)10月15日の詔により、全国に対して東大寺盧舎那仏(奈良の大仏)に必要となる造営費と役務の提供を求めました。そして747年(天平19年)9月から大仏の造営が始まり、当時は越中国の無位であった利波臣志留志は米3,000碩(石)(約180トン)を献上しました。それにより銭1,000貫を献上した河俣連人麻呂とともに外従五位下の位を授けられました。
なお、743年には墾田永年私財法が制定されています。
747年から20年後の767年(神護景雲元年)、志留志は越中員外介(今の副知事)となり、東大寺に墾田地百を寄進し、その功績によって外従五位上に昇叙されました。員外介とは、律令の定員外となる役職です。
当時の東大寺領荘園を描いた墾田地図「越中国東大寺墾田図并野地図」は同年作られたもので、志留志は墾田の検校の専当国司として署名しています。
779年(宝亀10年)志留志は伊賀守(現在の三重県知事)に任命されます。
志留志が「続日本紀」に記載されるのは同年が最後となります。
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