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2520_スキ(双用犂・荒木犂)

2520_スキ(双用犂・荒木犂)

ID:14386

戦時中の人手不足の折、女性でも扱いやすいように軽量のものが作られた。
(焼印)「荒木犂 軽便号」「富山県東砺波郡 有限会社 荒木農機製作所」

※犂(すき):砺波平野の乾田地帯では江戸時代から馬耕が広く見られたが、主に犂床(すきどこ)の大きい長床犂(ちょうしょうすき)が使用されていた。明治の中頃から犂床の短い短床犂が一般に普及したようである。その一つに是戸村放寺の清都家で作られていた「ホージのスキ(放寺の犂)」があった。この犂は、片側に土を反転する単用型の短床犂で、犂身が一本の曲がった木で作られていて軽く、しかも深く耕すことが可能だったので重宝がられた。しかし、泥を左側へだけ反転させる短用犂だったので、犂耕の前に、あらかじめ犂の通る溝を三ツ鍬で1尺幅ぐらいに起こす「バンノコ割り」をしなければならず、大変であった。
明治末期には犂ヘラが左右に回転する双用犂が普及し始めた。双用犂は、明治33年に長野県の馬耕教師松山原造が考案した犂で、明治38年頃から神島村の加賀見孝三などが組織した「丸共農益舎」が砺波地方に販売し始めた。その後、砺波でもこの犂に改良を加えて生産されるようになり、大正末年には東野尻村の田辺七蔵による「カワタ犂」、同村川辺菊蔵による双用犂、出町の田辺正一郎による「田辺式深耕犂」、井波町山見の長谷川長右衛門による「長谷川式犂」、山野村専勝寺の荒木外喜雄による「荒木式深耕犂」などが次々と製造・販売されるようになった。
このように、砺波地方では大正末期から双用犂の製造が盛んになり、県内はもとより東北・北海道までも広く販売された。

撮影場所
砺波市苗加
材質・形状
ヘラの返しは手元の犂柄(かじ取り)で操作する。
寸法
床部の長さ41cm、犂ヘラ部の全長58.5cm、犂身の長さ103cm、練木の長さ139cm、重さ10kg。
関連タグ
市指定文化財,有形民俗文化財,農林業 耕耘
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