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川辺 外治(かわべ そとじ)

2013.4.5

晩年に「叫び・不安・苦しみ」がテーマの黒い太陽シリーズを確立した川辺氏

川辺 外治

川辺 外治

 川辺は、農家の次男に生まれ一時は画家を志すも、長兄の死により農業を継ぎ、その傍ら、美術教師として多くの画家を育てた。小学校六年の三学期を病欠し、卒業写真だけを撮りに登校した病弱な自分が兄姉四人のなかで唯一生き残って、好きな絵画の道に生きていられることが何よりも「果報者である」と述べている。そして、戦時中、近隣の町に疎開してきた版画家の棟方志功や織田一磨、伊藤四郎等の生活を支援する為、発表会や研修会などを企画、開催し彼らとの交流を深め、戦後は会派を超えた「彩彫会」の結成に尽力した。
 川辺は晩年より、作風ががらりと変わり抽象画へと変貌していった。「叫び・不安・苦しみ」がテーマの黒い太陽シリーズを確立して後に「人間疎外の美術、描くことそれ自体すら否定する美術、それで満足出来るならそれを実行するがよい。しかし大宇宙を信じ、その無限を見つめ片影を感受し、その表現に一生をささげる気概と意欲を燃やして生きることはなんと意義のあることであろうと夢想するものである。」と述べている。当時県内は中央に比べて具体的な情報や知識を得るには困難な面が多かったが、画業の研鑚をたゆまず積む作家であった。


作家年譜
1901年(明治34)富山県砺波市苗加に二男として生まれる。
1918年(大正7) 長兄が病死。
1920年(大正9) 富山師範学校を卒業。福野小学校に勤務する。
1937年(昭和12) 大潮展で『草刈り子供』が特選を受賞。
1941年(昭和16) 第1回創元展に出品。以後、出品を続ける。第4回新文展で『忙中の食事』が入選し、三井コレクション買い上げとなる。
1958年(昭和33) ジャンルを越えた県内作家の創作グループ、彩彫会を結成する。
1978年(昭和53) 勲五等瑞宝章を受ける。
1983年(昭和58) 「川辺外治自選展」(富山県民会館美術館・砺波市文化会館)開催。9月死去、享年82歳。
1997年(昭和9) 砺波市美術館にて、開館記念 川辺外治の軌跡展開催。

藁仕事の母子1943
藁仕事の母子1943

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黒い太陽(不安)1980年
黒い太陽(不安)1980年

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