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庄川の弁財天社

2013.3.16

天正大地震の土石流に流されなかった「元雄神神社」

庄川の弁財天社(しょうがわのべんざいてんしゃ)

昭和62年3月30日・市指定
砺波市庄川町庄

 弁財天社は「元雄神神社」とも言い、庄川流域の治水の水神として、現在も流域の人々の崇敬を集めています。

 言い伝えによると、天正13年(1585)の大地震で庄川の流れが大きく変わり、当時この地に鎮座していた雄神神社の境内地を残して周辺の村々が流されるという災害がありました。時の藩主前田利長公が自らのその状況を踏査されたとき、激流の中に樹木が繁茂する島(境内地)を見て不思議に思われ「水の神」である弁財天も祀るよう指示されました。同社の由緒によると、寛文3年(1663)の大洪水では本殿と拝殿の間に新しく水路ができ、本殿は遷座を余儀なくされ、現在の庄川右岸山麓に移転しました。このとき庄川の中州となった拝殿跡に庄川の守り神として雄神神社の御分霊と弁財天を祀る「元雄神神社」が創建されました。

 毎年7月25日には氏子をはじめ用水関係者が参列する例祭があり、特殊神事としては33年毎に御開帳大祭が盛大にとり行われています。

 また同境内には大株のヤブツバキの群生が見られます。このツバキは移植したものではなく、実生のツバキで、境内地が庄川の流れに寸断される前、対岸と地続きであった頃の植生を残す貴重なツバキです。

 ヤブツバキは北海道を除く日本全土に分布している常緑高木で、3月から4月にかけて境内は赤い花が咲き競っています。

 近年、弁財天社を中心に公園として整備され、ツバキの花を観賞する人をはじめ、四季折々に訪れる人が多くみられます。

アクセス
砺波ICから車で20分