史跡

  • 増山城と城下町
    2014.5.8
    増山城跡
    平成21年7月23日・国指定砺波市増山【全国山城サミット加盟城郭】 増山城跡は、富山県西部に展開する砺波平野東縁、標高約120mの丘陵上に立地し、平野全域をほぼ眼下におさめる大規模な中世山城である。城の西側を南北に蛇行して流れ、深い谷を形成する和田川の対岸には城下町遺跡がある。 …
  • 壇城
    2014.4.14
    壇城跡
    壇城跡(だんのじょうあと)昭和62年3月30日・市指定砺波市庄川町庄 壇城は庄川右岸の雄神橋東詰の山中にあったもので、現在も「だん」と呼ばれる広い平坦地です。 この平坦地は標高130m、現在は水田になっています。 城跡は室町時代末から戦国時代のものと考えられ、現在も東側の山上には…
  • 松原遺跡
    2013.4.7
    松原遺跡
    松原遺跡(まつばらいせき)  昭和62年3月30日・市指定 砺波市庄川町示野・金屋地内   庄川左岸の扇頂部では三段の河岸段丘が認められ、松原遺跡はその最下位に位置する示野段丘上にあり、標高は103m。遺跡の範囲は広く、示野神社前…
  • 2013.3.16
    御旅屋の井戸
    御旅屋の井戸(おたやのいど)  昭和50年2月17日・市指定 砺波市本町   この井戸は、寛文4年(1664)5月、加賀藩主前田綱紀(まえだつなのり)が当地へ鷹狩りした際に、中神村肝煎義右衛門が御休息のための御旅屋(おたや)建設と…
  • 2013.3.16
    西住塚
    西住塚(さいじゅうづか)  昭和62年3月30日・市指定 砺波市庄川町三谷   この塚を土地の人々は西行塚と呼んでいます。昭和の中頃までは、現在より広く小高い円墳の形をとどめ、また二抱えもある老桜がありました。  『越中…
  • 2013.3.16
    二万七千石用水取入口跡
    二万七千石用水取入口跡(にまんしちせんごくようすいとりいれくちあと)  昭和62年3月30日・市指定 砺波市庄川町金屋   この用水取入口は、庄川の流れが赤岩地点で直角に変わる自然立地を巧みに利用し、川倉(かわぐら)を組み導水堰を…
  • 2013.3.16
    牛嶽車道開通記念碑
    牛嶽車道開通記念碑(うしだけしゃどうかいつうきねんひ)  平成6年5月30日・市指定 砺波市庄川町金屋   この記念碑は、明治23年(1890)9月13日、「牛嶽車道」全線の開通を祝い、牛嶽運送株式会社が建立しました。 …
  • 2013.3.16
    庄川の弁財天社
    庄川の弁財天社(しょうがわのべんざいてんしゃ)昭和62年3月30日・市指定砺波市庄川町庄  弁財天社は「元雄神神社」とも言い、庄川流域の治水の水神として、現在も流域の人々の崇敬を集めています。  言い伝えによると、天正13年(1585)の大地震で庄川の流れが大…
  • 2013.3.16
    隠尾館跡
    昭和62年3月30日・市指定砺波市庄川町隠尾  隠尾は庄川右岸、鉢伏山の麓の小村で、古くから鉢伏峠を越えて旧砺波郡と旧婦負郡を結ぶ間道の要衝であり、尾根伝いに五箇山、飛騨へも行くことができました。  隠尾館跡は村の中ほどの南端、東西21m、南北29mの台地にあ…
  • 松川除堤防の終点
    2013.3.9
    松川除堤防と御川除地蔵
    松川除堤防と御川除地蔵(まつかわよけていぼうとおんかわよけじぞう)平成20年2月27日・市指定砺波市上中野・庄川町青島・庄川町庄(国土交通省他) 松川除堤防は庄川の扇頂部にあります。庄川の治水と砺波平野の開発のために築造され、近世を通じて補強された治水遺跡です。 天正13年(15…
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